2学期終業式校長式辞です。

2018年12月25日 14時16分

2学期の終業式の学校長式辞です。

ご一読ください。

 

 

H30.12.25
2学期終業式 式辞
四国中央市立三島西中学校 

2学期を振り返ってみると体育祭、修学旅行、人権集会、文化祭と大きな行事を全て大成功に導いてくれました。
いろいろなお世話をしてくれた生徒の皆さん、支えてくれた先生方、盛り上げてくれた全校生徒の皆さん、
地域・保護者の皆様、全ての方々に感謝したいと思います。

2018年、今年のNHK大河ドラマは幕末から明治にかけての激動の時代歩んだ「西郷どん」こと西郷隆盛の一生を描いたものでした。
西郷隆盛は、その人間力の素晴らしさが際立っていた人物であり、日本を「本当の文明国」にするという理想に向かって邁進する姿は、
多くの人にとってまさに「理想のリーダー」でありました。明治新政府との方針が合わず、職を辞して故郷の鹿児島に戻るとき、
彼を慕う600名ほどの政治家・軍人・官僚が一斉に辞職したエピソードからも西郷の人望がいかに厚かったかを物語っています。
ではそんな西郷の魅力的な人間性はどのように身に付いたのでしょうか。
西郷は、下級藩士という身分で貧しい暮らしをしていました。
加えて、32歳のときには藩命に背き奄美大島に強制的に送られていた時期もありました。
奄美大島は、当時貴重品であったサトウキビの生産地であり、それから精製される黒糖は薩摩藩の大きな収入源になっていました。
そのため、サトウキビ農家に対して非常に厳しいノルマが割り当てられ過酷な取り立てが行われるなど、薩摩藩の植民地状態になっていました。
ある日、ノルマを達成出来なかった農民たちが島役人に拘束され、激しい拷問を加えられていることを知った西郷は、自ら出向いて役人に農民たちを解放するように迫りました。
西郷は常日頃から役人の非情なやり方に憤りを感じていたからです。また、病人や老人が困っているのを見ては、
十分でなかった自分の米を分け与えることも多かったそうで、このようなことから、西郷は自然と島民たちに慕われるようになり、大きな信頼を得ていたそうです。

 このように差別や不合理なことを体験したことが、西郷の生きる上での信念を創り上げたのかも知れません。
12月1日に西条市で行われた「いじめSTOP愛顔あふれる地域フォーラム」の実践発表で、
本校の生徒会長が「仲間と一緒に考え、自分たちが動いて活動してきたことで、絶対にブレない信念が自分の中に生まれました」と堂々と述べた言葉が強く心に残っています。

 皆さんは2学期に人権集会や人権・同和教育の授業など、世の中の差別や不合理なことと向き合うことで、多くのことを学んできたと思います。
怒りや憤り、心に芽生えた様々な正義への強い思いがいくつもの束になって、やがて信念となる。
信念の束がいくつも合わせ重なることでブレない信念となり生き方となる。
これからも、素晴らしい学びを重ねて、人から尊敬される素晴らしい大人になってください。

平成の幕を閉じる節目の2019年、皆さんにとって素晴らしい新年となりますよう願います共に、
また、皆さんと新しい年にお会いし、共に学べることを楽しみにしております。

以上で2学期終業式の式辞を終わります。